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末期日記新装版
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ここに昨日あった、ジョーチヨのお花見話はサイトの方に移しました。
最近、妹さんがファンシーなお☆様に行っちゃって、Mac使わしてくれないので、苦肉の策でした。うう、アタシのなのにー

さって、小話の補足説明ですが、とあるジョーチヨ派のお嬢様達の熱烈なるPUSHのため色々常磐について調べました。

常磐の前身である水戸鉄道は地元のお偉いさんが造った鉄道会社なのです。ですが、最初から中央政界や財界と関係が近い会社だったようです。社長も日本鉄道の社長の奈良原繁(この人甲武鉄道や両毛鉄道の社長もしてます)が兼任だったし、工事は鉄道局の国営工事、営業管理も鉄道業務も日本鉄道に委託という、えーと親方日の丸?なんじゃねーのという体勢でした。

うーん、見直すと酷いなー
でも営業成績は大変宜しかったらしいです。

なので、開業して僅か三年で日本鉄道に譲渡されたと言っても、会社の名前変わっただけなんじゃないの?と突っ込みたくなるこの鉄道。 深読みすれば………

パパが他所で作った子供がデキが良いから引き取った。

………身も蓋もないなー 最初、お常は常磐炭坑の石炭を運ぶのが目的でいわきまで延伸致しましたが、その後もちょっと頑張って岩沼の方まで延伸しちゃったら、当初と目的と違って東北本線のバイパスとして機能し始めちゃったのが不運の始まり。

北へ向かうのに、常磐は長距離旅客列車、東北本線は近郊用として棲み分けしてた訳ですが………

ええ、高崎は良いですよ、アイツこの世で一番イイヤツですから。
でも当時東北本線だった宇都宮は、高崎しか見てないのに、なんかいきなり二人っきりの世界に他所から別に弟が来て、しかもコイツお前の補助するからと言われたら………面白くはないでしょうね。

そのバイパス機能も東北上官の開業後存在意義を失います。

うん、高速鉄道の皆様と、在来線の関係は本当に複雑ですね。どこでどなたが誰の恨みを買っているか分からない。 そんな思いを背負って今日も上官方は走られているのですね。

話変わって、お千代ちゃんは最初は日比谷のバイパスとして計画されました。
そのとき、丁度国鉄は、常磐が混雑率が高いのに増発が難しくて困っておりまして、丁度同じ方向に来るお千代にお客さんを分けよーと考えました。

つまり、各駅停車のお客さんはお千代と直通して直接都心に運んでもらう。
快速電車は今まで通り上野に向かう。

この辺のお話は実にややこしいですが、とにかく当時の営団も国鉄もまあ、二人の結婚(?)に大変乗り気で営団は北千住と綾瀬の間に常磐の複々線を造ってあげる。国鉄は西日暮里の駅を造ってあげると、ご実家側は頑張りましたが、最初のうちはこの結婚直通上手く行かなかったようです。

という訳で、最初上手く行かなかろうがお千代が常磐の為に造られたというのはあながち間違いではないのでした。

と、歴史背景は分かりましたが、何せ御本家が殆ど出していないこの二人、この後出て来て性格違ったらどうしようとヒヤヒヤしておりますが、お楽しみ下されば幸いです。



えーいつもでしたらこの後拍手のお返事なのですが、今日はちょっとタイムアップでございます。
お待たせして申し訳ありません。 ソレもそうですが、そろそろ本編の続きを書かなきゃと思っております。うん、あの人がネコミミ付けて待ってますからね。

あー困った。
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