末期日記新装版
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昨日のあかつきのニュースを見て。いつもより上越上官がヤンデルさんです。
その日の業務を終わらせた東北新幹線が宿舎に戻った時、誰もいないレクリエーションルームのTVはつけっぱなしで、無意味にニュース番組を垂れ流していた。
こんなところをあのドが100は付きそうなケチな高速鉄道の王様が見たら、おカンムリどころかトサカが生えるであろう。
自分が犯人ではないが、犯人を詰問するヒステリックな声は聞きたくない。
故に、彼はとばっちりを食いたくないという実に利己的な理由より、つけっぱなしのTVのスイッチを切りに行った。だが…
「おかえり、東北」
ソファを超えたところで、後ろから声をかけられた。
視線を向ければ、そこに…
「やぁ、遅かったね」
彼のヒネクレた同僚がソファに寝転がったままひらと片手をふっていた。
「上越…」
「なに?やっぱり青森は遠い?ここのところ、いつもこんな時間じゃない」
確かに、青森まで延伸する暫く前より帰りが遅い日は続いていたが、開業してしまえば、少しはマシになると思っていたのだ。しかし、開業からまだ一週間もたっていないとはいえ、未だ、通常の時間に帰宅なぞ望める状況にはなかった。
それを、延伸した距離や、大幅に増えた本数、結果複雑になったダイヤのせいにしたくはなかった。特に、この相手に対しては。
だから、彼は答える事なく無言でテーブルに置かれたリモコンを手にするとスイッチを切ろうとした。だが、
「人が見てるのに止めるなよ」
失礼な奴だなと不機嫌に吐き捨てると起き上がり彼の手から、リモコンを奪い取った。そして、リモコンを操作すると画像が逆さ回しに戻って行く。
録画しておいたニュース番組をチェックしていたらしい。
確かに朝早く、夜遅いこんな生活をしていると世の中の事に疎くなる。なのでなるべく彼も、車内で新聞や携帯の配信ニュースなどはチェックしておくようにしているのだが、わざわざニュース番組を録画してまでチェックしようとは思った事は無かったし、彼のヒネクレタ同僚がこんな事をしているとも知らなかった。
画面には、3Dで描かれた人工衛星が光る惑星に近づく姿が映し出されている。
「これは?」
「あかつき」
短い答えが帰って来た。
そう言えば、はやぶさに続く期待のプロジェクトで、金星の周回軌道で金星の調査をする為の衛星だとかどこかで読んだ覚えがある。
はやぶさといい、あかつきといい、どうも鉄道と共通する名が多いな、と思った物だ。
それにしても、半年程前のはやぶさの帰還より、このヒネクレはにわか天文ファンになったようだ。わざわざこんな番組まで録画して見ようなどとは。
確かに、あの後も、熱心にはやぶさ関係の記事を読んでいたし、大気圏突入のカプセルも長野を連れて見に行ったと言っていた。その熱心さの源が、来期自分に投入される新型車両と同名であったという事が嬉しいと言ったら相手はさぞ怒るに違いないので黙っていたのだが、どうも、それだけではなかったようだ。ちょっと、肩すかしを食らった気分になった。
だが、先程配信された携帯ニュースには確か……
「それは、昨日失敗したんじゃなかったか?」
周回軌道に乗れなかった事が判明したとあったと思う。
「……そうだよ」
その自分の問いに、相手は、矢張り短く応えるとじっと画面を見据えている……
何だろう、この違和感は。
普段饒舌な相手の口数が少ない所為だろうか。相手の見据える画面に目を移す。別に、どうという事の無いニュースだと思う。だが、相手は、次のニュースが始まるとまたそのニュースの最初に戻して見直している。その後も、その後も、その後も。
「おい……」
何度も、同じ事を繰り返す。相手を見遣ると、瞬き一つしないで食い入るように画面だけを見据えていた。こちらを、見る事無く。
そうか、これだ。この違和感の正体は。
相手は自分が声をかけてから、一度も、自分を見ていない。
途端、沸き上がる苛立に押されるように
「おい、いい加減に止めたらどうだ」明日も早いんだろう、寝ろ。
ぶっきらぼうに、停止を促すが、相手は最早応える事は無く、また、画面を元に戻す。
「おい!」
今度ははっきり強く言って手を伸ばし乱暴にリモコンを奪おうとした。すると相手は
「っ!」
伸ばした手に爪を立て奪われかけたリモコンを取り戻すと、ぐっと胸元に抱え込んでしまう。
それでも、目線は画面の人工衛星に据えられている。
その執着に異常を感じた。
「上越!」
怒りと焦りに、強引に肩を掴んで自分の方を向かせようとした。嫌がって身をよじった拍子に嫌な音がしてシャツのボタンがいくつか飛んだ。かつかつと軽い物が床に当たる音がして、彼は我に返った。
別に、こんなTVの事で感情的にならなくとも良かった筈だ。だのに、相手が自分を見ていないというだけで、自分の手を払ったというだけで感情が押さえられなかった。その感情が何かは分からないが、矢張り、連日のオーバーワークで疲れていたのだろう。人に当たるなど、最低だ。
相手から手を離すと、床に飛んだボタンを拾い、
「……すまん」詫びの言葉と共に差し出した。
だが、相手はそのままリモコンを抱えるようにソファに踞り受け取る気配もない。
相手が怒るのも当然だ。自分がしたのは八つ当たりのような物なのだから……
自己嫌悪に落ち入りながら、仕方なし、テーブルにボタンを置いてもう一度、謝ってからその場を立ち去ろうとした。
画面はまた次のニュースが始まり、また、巻き戻されている。
現実も、こんな風にならないだろうかと思っていると、その背に、
「……ひとりぼっちで宇宙を彷徨うのってどんな気分なのかな……」
小さな、呟きがかけられた。
「上越?」
「沢山の人達の夢と希望と期待がかかってたのに、失敗しちゃって……」
それで、ひとりぼっちで彷徨うのは……
「どんな気分なのかな?」
「上越……」
振り向けば、ぽつんと一人、ソファに膝を抱えてTVを見つめる相手の姿、その姿が……
「ひとりぼっちは淋しい?何にも無い宇宙は怖い?でも、一人でいれば、周りに誰もいなければ……」
責められる言葉も貶される言葉も、聞かずに済むよね。
ひとりぼっちで彷徨う、人工衛星と重なった。
「失敗じゃない。後6年後に又、チャンスがあると、挑戦するのだと言っているだろう?」
そのニュースだってそう言っているだろう。
何とか、引き止めたくて、何かを伝えたくても元より口下手な自分の口から零れた言葉は、余りにもありきたりな物でしかなく、他の誰かのようにもっと自分の気持ちを上手く口に出来ればどんなに良いかと内心悔しくて仕方が無かった。
そして、こんな時でさえきっと、自分の顔は、何の表情も浮かべてないのだろう。
その事に、絶望さえ覚える。
「そうだね、でも、6年って長いよね、その間に、死んじゃう人だって一杯いるよね、その人達はそのリベンジすら見る事が出来無いんだ」
僕みたいにね……
「何を馬鹿な事を」
余りの馬鹿馬鹿しさに、吐き捨てた。確かに北陸の開業は2014年、後4年後だ。あかつきの再挑戦はその2年後。その頃の上越の処遇はまだはっきりとは決まっていない。それを事あるごとに口にしてはいたが、それ故にそれほど気に病んでいるとは思わなかったし、気に病む必要も無い事だ。
「そうだね、君に取っては馬鹿な事だろうね……」
そして、誰にとっても馬鹿な事さ……
「僕だって僕が言っている事が馬鹿げてるって分かってるよ。でもね、逆なんだ」
「逆?」
「そう逆」
真っ暗な暗闇の様な淡々とした声が話す言葉がわからない。
どうしてだろう、業務に関する事なら、どんな事でも理解し、対処する事が出来るしそうして来たからこそ今の自分がある。なのに、どうして、長く傍らにあったこの同僚の言葉だけは分かってやる事が出来ないのか。相手は、そんな自分のボンクラ加減に愛想を尽かしたのか、全然関係のない事を呟いた。
「……あかつきは、良いよね」
成功しても、失敗しても幸せだ。
成功すれば、幸せなのは分かる。だが、どうして失敗して幸せだというのか、失敗すれば今度こそ宇宙を永久に一人漂う事になるというのに……自分の沈黙に、相手は薄く笑ったようだ。空気の揺れる気配して続けられた言葉により一層困惑する。
「……君には、分からないよ」
君は『はやぶさ』だもの。
「そして『あかつき』は僕」
『はやぶさ』の栄光の後、人々の希望と期待を受けながら、失敗した……
「僕が『あかつき』なのさ」
だから、失敗しても幸せなんだよ『あかつき』は。だって……
「宇宙には、誰も責める者はいない」
なら、一人宇宙を彷徨うのは、いっそ気楽なものだろうさ。
いっそさばさばした物言いはそんな重い事を語っている物には到底思えない。
だが、その言葉の意味は……
暗い、誰もいない宇宙に一人である事が羨ましいなど言う事は……
彼が、怖れていると見せかけて、真に望んでいる物は……
「『はやぶさ』の君には分からない話さ」
そう言い切って、ボタンが取れてはだけたシャツなど気にも止めず、又、画面に目を戻す。
分からない分からない。相手の言っている事が分からない。何故、相手が己を『あかつき』になぞらえるか分からない。だって、相手は失敗などしていない。何故じぶんを『はやぶさ』になぞらえる。それはまるで、ガラスケースに入れて展示するかのように、自分の世界から切り離し突き放そうとしているようだ。
「……お前は、『あかつき』じゃない」
ようよう、呟いた言葉に
「そうだね、僕には……」
逃げる場所は、どこにもない。
「僕にかけられるであろう、失望と嘲笑の声から」
切り捨てるように返された。
何故、こんなに傍にいながら、自分達は隔てられている?
何を言っても通じない。何を聞いても分からない。このもどかしさはまるで……
遠い金星の向こう、細い通信を頼りに手探りに進む『あかつき』のようだ。
「……大丈夫だよ、お前の言った通り、義務は果たす」
そんな事を、言っているのではないとどうして通じない。
『あかつき』の失敗は、その通信が上手く行かなかった所為だと聞いた。
ならば、自分達もそうなのだろうか?ならば、どうすれば、上手く行く?どうすれば正しく伝わるのか。
いくら考えても、答えは出ない。大体、相手に対して自分が上手く立ち回れた事など無いのだ。ならば……
さあ、君はもうお休みよ。疲れてるだろう?と気遣う振りで追い払おうとする画面だけを見つめる相手に向かって問いかける。
「上越、あかつきの意味を知ってるか?」
「……なんだい、薮から棒に」
知ってるよ、その位……
「言ってみろ」
「はあ?」
「言ってみろ」
重ねて言うと、渋々といった風情で
「……よあけ、だろう?」
呟いた。
「そうだ、夜明けだ」
どんな夜でも、明けない夜は無い。
「夜は、明ける。きっと明ける」そして……
「『あさひ』が、上るんだ」
相手に対して、上手く伝えられた事など一度も無い。だけど、上手く伝わらないからと言って、伝えるのを止める事は出来ない。しては、いけない。
口下手でも、伝え続けなければ。上手く言えないからこそ、本当の気持ちを伝えねば。通信を諦めななければ、きっと、『あかつき』に届く。
現に、届いたではないか。微弱な電波でも『あかつき』に。
そうして、再挑戦の機会をつかんだのだ。
だから、自分も諦めるわけにはいかない。
「……僕はもう『あさひ』ではないよ」
ぽつんと呟かれた、言葉に、精一杯の思いを込めて返す。
「名前など、どうでも良い、昔も今もお前を待つ者に取ってお前は闇を払う」
『あさひ』だ。
しばし無言で、二人の間をナレーションだけが流れる。やがて……
ぷつんと画面が消えて、相手が立ち上がる。
「僕、もう寝るよ」
お休み、東北上官
すれ違い様に
これ、弁償しろよなとふざけたようにボタンの千切れたシャツの襟を引っ張って見せる。
そのシャツの隙間から覗いた白い肌から目を逸らす。その様に相手は笑うと自分の部屋に去って行った。
後に残されたのは、小さな星のようなボタンが二つ。
そっと、掌に取り上げ、指で二つを近づける。
そうなる筈であった『あかつき』と金星のように……
そうであった筈の、自分達のように……
そうしてぐっと強く握りしめた。
無くさないように……離れないように。
こんなところをあのドが100は付きそうなケチな高速鉄道の王様が見たら、おカンムリどころかトサカが生えるであろう。
自分が犯人ではないが、犯人を詰問するヒステリックな声は聞きたくない。
故に、彼はとばっちりを食いたくないという実に利己的な理由より、つけっぱなしのTVのスイッチを切りに行った。だが…
「おかえり、東北」
ソファを超えたところで、後ろから声をかけられた。
視線を向ければ、そこに…
「やぁ、遅かったね」
彼のヒネクレた同僚がソファに寝転がったままひらと片手をふっていた。
「上越…」
「なに?やっぱり青森は遠い?ここのところ、いつもこんな時間じゃない」
確かに、青森まで延伸する暫く前より帰りが遅い日は続いていたが、開業してしまえば、少しはマシになると思っていたのだ。しかし、開業からまだ一週間もたっていないとはいえ、未だ、通常の時間に帰宅なぞ望める状況にはなかった。
それを、延伸した距離や、大幅に増えた本数、結果複雑になったダイヤのせいにしたくはなかった。特に、この相手に対しては。
だから、彼は答える事なく無言でテーブルに置かれたリモコンを手にするとスイッチを切ろうとした。だが、
「人が見てるのに止めるなよ」
失礼な奴だなと不機嫌に吐き捨てると起き上がり彼の手から、リモコンを奪い取った。そして、リモコンを操作すると画像が逆さ回しに戻って行く。
録画しておいたニュース番組をチェックしていたらしい。
確かに朝早く、夜遅いこんな生活をしていると世の中の事に疎くなる。なのでなるべく彼も、車内で新聞や携帯の配信ニュースなどはチェックしておくようにしているのだが、わざわざニュース番組を録画してまでチェックしようとは思った事は無かったし、彼のヒネクレタ同僚がこんな事をしているとも知らなかった。
画面には、3Dで描かれた人工衛星が光る惑星に近づく姿が映し出されている。
「これは?」
「あかつき」
短い答えが帰って来た。
そう言えば、はやぶさに続く期待のプロジェクトで、金星の周回軌道で金星の調査をする為の衛星だとかどこかで読んだ覚えがある。
はやぶさといい、あかつきといい、どうも鉄道と共通する名が多いな、と思った物だ。
それにしても、半年程前のはやぶさの帰還より、このヒネクレはにわか天文ファンになったようだ。わざわざこんな番組まで録画して見ようなどとは。
確かに、あの後も、熱心にはやぶさ関係の記事を読んでいたし、大気圏突入のカプセルも長野を連れて見に行ったと言っていた。その熱心さの源が、来期自分に投入される新型車両と同名であったという事が嬉しいと言ったら相手はさぞ怒るに違いないので黙っていたのだが、どうも、それだけではなかったようだ。ちょっと、肩すかしを食らった気分になった。
だが、先程配信された携帯ニュースには確か……
「それは、昨日失敗したんじゃなかったか?」
周回軌道に乗れなかった事が判明したとあったと思う。
「……そうだよ」
その自分の問いに、相手は、矢張り短く応えるとじっと画面を見据えている……
何だろう、この違和感は。
普段饒舌な相手の口数が少ない所為だろうか。相手の見据える画面に目を移す。別に、どうという事の無いニュースだと思う。だが、相手は、次のニュースが始まるとまたそのニュースの最初に戻して見直している。その後も、その後も、その後も。
「おい……」
何度も、同じ事を繰り返す。相手を見遣ると、瞬き一つしないで食い入るように画面だけを見据えていた。こちらを、見る事無く。
そうか、これだ。この違和感の正体は。
相手は自分が声をかけてから、一度も、自分を見ていない。
途端、沸き上がる苛立に押されるように
「おい、いい加減に止めたらどうだ」明日も早いんだろう、寝ろ。
ぶっきらぼうに、停止を促すが、相手は最早応える事は無く、また、画面を元に戻す。
「おい!」
今度ははっきり強く言って手を伸ばし乱暴にリモコンを奪おうとした。すると相手は
「っ!」
伸ばした手に爪を立て奪われかけたリモコンを取り戻すと、ぐっと胸元に抱え込んでしまう。
それでも、目線は画面の人工衛星に据えられている。
その執着に異常を感じた。
「上越!」
怒りと焦りに、強引に肩を掴んで自分の方を向かせようとした。嫌がって身をよじった拍子に嫌な音がしてシャツのボタンがいくつか飛んだ。かつかつと軽い物が床に当たる音がして、彼は我に返った。
別に、こんなTVの事で感情的にならなくとも良かった筈だ。だのに、相手が自分を見ていないというだけで、自分の手を払ったというだけで感情が押さえられなかった。その感情が何かは分からないが、矢張り、連日のオーバーワークで疲れていたのだろう。人に当たるなど、最低だ。
相手から手を離すと、床に飛んだボタンを拾い、
「……すまん」詫びの言葉と共に差し出した。
だが、相手はそのままリモコンを抱えるようにソファに踞り受け取る気配もない。
相手が怒るのも当然だ。自分がしたのは八つ当たりのような物なのだから……
自己嫌悪に落ち入りながら、仕方なし、テーブルにボタンを置いてもう一度、謝ってからその場を立ち去ろうとした。
画面はまた次のニュースが始まり、また、巻き戻されている。
現実も、こんな風にならないだろうかと思っていると、その背に、
「……ひとりぼっちで宇宙を彷徨うのってどんな気分なのかな……」
小さな、呟きがかけられた。
「上越?」
「沢山の人達の夢と希望と期待がかかってたのに、失敗しちゃって……」
それで、ひとりぼっちで彷徨うのは……
「どんな気分なのかな?」
「上越……」
振り向けば、ぽつんと一人、ソファに膝を抱えてTVを見つめる相手の姿、その姿が……
「ひとりぼっちは淋しい?何にも無い宇宙は怖い?でも、一人でいれば、周りに誰もいなければ……」
責められる言葉も貶される言葉も、聞かずに済むよね。
ひとりぼっちで彷徨う、人工衛星と重なった。
「失敗じゃない。後6年後に又、チャンスがあると、挑戦するのだと言っているだろう?」
そのニュースだってそう言っているだろう。
何とか、引き止めたくて、何かを伝えたくても元より口下手な自分の口から零れた言葉は、余りにもありきたりな物でしかなく、他の誰かのようにもっと自分の気持ちを上手く口に出来ればどんなに良いかと内心悔しくて仕方が無かった。
そして、こんな時でさえきっと、自分の顔は、何の表情も浮かべてないのだろう。
その事に、絶望さえ覚える。
「そうだね、でも、6年って長いよね、その間に、死んじゃう人だって一杯いるよね、その人達はそのリベンジすら見る事が出来無いんだ」
僕みたいにね……
「何を馬鹿な事を」
余りの馬鹿馬鹿しさに、吐き捨てた。確かに北陸の開業は2014年、後4年後だ。あかつきの再挑戦はその2年後。その頃の上越の処遇はまだはっきりとは決まっていない。それを事あるごとに口にしてはいたが、それ故にそれほど気に病んでいるとは思わなかったし、気に病む必要も無い事だ。
「そうだね、君に取っては馬鹿な事だろうね……」
そして、誰にとっても馬鹿な事さ……
「僕だって僕が言っている事が馬鹿げてるって分かってるよ。でもね、逆なんだ」
「逆?」
「そう逆」
真っ暗な暗闇の様な淡々とした声が話す言葉がわからない。
どうしてだろう、業務に関する事なら、どんな事でも理解し、対処する事が出来るしそうして来たからこそ今の自分がある。なのに、どうして、長く傍らにあったこの同僚の言葉だけは分かってやる事が出来ないのか。相手は、そんな自分のボンクラ加減に愛想を尽かしたのか、全然関係のない事を呟いた。
「……あかつきは、良いよね」
成功しても、失敗しても幸せだ。
成功すれば、幸せなのは分かる。だが、どうして失敗して幸せだというのか、失敗すれば今度こそ宇宙を永久に一人漂う事になるというのに……自分の沈黙に、相手は薄く笑ったようだ。空気の揺れる気配して続けられた言葉により一層困惑する。
「……君には、分からないよ」
君は『はやぶさ』だもの。
「そして『あかつき』は僕」
『はやぶさ』の栄光の後、人々の希望と期待を受けながら、失敗した……
「僕が『あかつき』なのさ」
だから、失敗しても幸せなんだよ『あかつき』は。だって……
「宇宙には、誰も責める者はいない」
なら、一人宇宙を彷徨うのは、いっそ気楽なものだろうさ。
いっそさばさばした物言いはそんな重い事を語っている物には到底思えない。
だが、その言葉の意味は……
暗い、誰もいない宇宙に一人である事が羨ましいなど言う事は……
彼が、怖れていると見せかけて、真に望んでいる物は……
「『はやぶさ』の君には分からない話さ」
そう言い切って、ボタンが取れてはだけたシャツなど気にも止めず、又、画面に目を戻す。
分からない分からない。相手の言っている事が分からない。何故、相手が己を『あかつき』になぞらえるか分からない。だって、相手は失敗などしていない。何故じぶんを『はやぶさ』になぞらえる。それはまるで、ガラスケースに入れて展示するかのように、自分の世界から切り離し突き放そうとしているようだ。
「……お前は、『あかつき』じゃない」
ようよう、呟いた言葉に
「そうだね、僕には……」
逃げる場所は、どこにもない。
「僕にかけられるであろう、失望と嘲笑の声から」
切り捨てるように返された。
何故、こんなに傍にいながら、自分達は隔てられている?
何を言っても通じない。何を聞いても分からない。このもどかしさはまるで……
遠い金星の向こう、細い通信を頼りに手探りに進む『あかつき』のようだ。
「……大丈夫だよ、お前の言った通り、義務は果たす」
そんな事を、言っているのではないとどうして通じない。
『あかつき』の失敗は、その通信が上手く行かなかった所為だと聞いた。
ならば、自分達もそうなのだろうか?ならば、どうすれば、上手く行く?どうすれば正しく伝わるのか。
いくら考えても、答えは出ない。大体、相手に対して自分が上手く立ち回れた事など無いのだ。ならば……
さあ、君はもうお休みよ。疲れてるだろう?と気遣う振りで追い払おうとする画面だけを見つめる相手に向かって問いかける。
「上越、あかつきの意味を知ってるか?」
「……なんだい、薮から棒に」
知ってるよ、その位……
「言ってみろ」
「はあ?」
「言ってみろ」
重ねて言うと、渋々といった風情で
「……よあけ、だろう?」
呟いた。
「そうだ、夜明けだ」
どんな夜でも、明けない夜は無い。
「夜は、明ける。きっと明ける」そして……
「『あさひ』が、上るんだ」
相手に対して、上手く伝えられた事など一度も無い。だけど、上手く伝わらないからと言って、伝えるのを止める事は出来ない。しては、いけない。
口下手でも、伝え続けなければ。上手く言えないからこそ、本当の気持ちを伝えねば。通信を諦めななければ、きっと、『あかつき』に届く。
現に、届いたではないか。微弱な電波でも『あかつき』に。
そうして、再挑戦の機会をつかんだのだ。
だから、自分も諦めるわけにはいかない。
「……僕はもう『あさひ』ではないよ」
ぽつんと呟かれた、言葉に、精一杯の思いを込めて返す。
「名前など、どうでも良い、昔も今もお前を待つ者に取ってお前は闇を払う」
『あさひ』だ。
しばし無言で、二人の間をナレーションだけが流れる。やがて……
ぷつんと画面が消えて、相手が立ち上がる。
「僕、もう寝るよ」
お休み、東北上官
すれ違い様に
これ、弁償しろよなとふざけたようにボタンの千切れたシャツの襟を引っ張って見せる。
そのシャツの隙間から覗いた白い肌から目を逸らす。その様に相手は笑うと自分の部屋に去って行った。
後に残されたのは、小さな星のようなボタンが二つ。
そっと、掌に取り上げ、指で二つを近づける。
そうなる筈であった『あかつき』と金星のように……
そうであった筈の、自分達のように……
そうしてぐっと強く握りしめた。
無くさないように……離れないように。
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