末期日記新装版
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遅れましたが先輩の誕生日ネタです。
なんでやねん。
それは、まだこの国の10月がカボチャとお化けに占領される前のお話……
なんでやねん。
それは、まだこの国の10月がカボチャとお化けに占領される前のお話……
地下を走る自分達にとって、四季とは乗客の服装や持ち物で判断するもので、だからだろうか、有楽町は季節や日々の移ろいに特別な感想を抱いた事はない。 それが、例え己の誕生日であってもだ。
有楽町にとってはただ営業を開始した日にすぎず、せいぜいオレンジと黒の夢の国帰りと一目でわかる乗客の荷物の袋が緑と赤に変わってから、ああ、そういやそうだった、と思いだす程度である。
だから、その年に乗り入れを開始した傍迷惑な接続先No.1の路線が見慣れた青いコートの裾を翻し、
「今日は貴様が営業を開始した日だそうだな!」
仁王立ちで尊大に宣ったのを聞いて、そうだったんだと思ったくらいで、それより、この毎度電波な乗り入れ先が今日は何を言い出すか不安におののく方が重要だった。
だが、迷惑な接続先はふんぞりかえって、
「別にめでたいとかそんな事はどうでもよいが、貴様のような若造が一年を振り返るには丁度よい区切りの日だろう」
と、いうわけで
「貴様には我らがお客様より頂いた貴様に関する有難いお手紙をくれてやろう。これを読んで次の一年、如何にお客様に尽くすかの参考にするがいい!」
そして、西武に入るがいい!
と、どっさと山のような手紙の山を押しつけるとそれ以上は何も言わずにさっさと自分の路線に戻って行った。
何が言いたいのかよく分からないが、嵐のように訳の分からぬ事をまくしたてられるのには慣れている。それに、普段ならばこの後もう一頻り続く会長への賛美の言葉が免除されたのだから、他の細かな事はどうでもいい。
腕一杯抱えきれない程の手紙の山は細かな事とはほど遠いと思うのだが……
それもとりあえず、おいといて、有楽町は抱えた手紙を零さぬよう慎重に営団の事務所に戻った。
その日がいくら特別な日であろうが、有楽町にとってはいつも通り真っ暗な地下を往復している間にいつの間にか終わるありふれた一日である。
とりあえず、事故も迷惑な接続先達の諍いに巻き込まれる事がなく平和な一日であったのは、幸薄き彼に神様のくれた誕生日プレゼントだったのかもしれない。
それだけは地下鉄の……ではなく普通の神様に感謝しつつ、業務日誌を書き終えてその日の業務を終えてから、彼は昼間渡された手紙の山を思い出した。
そうだ、あれを少しでも読んでおかないと又明日アレに何を言われるか分からない。
いくらアレが傍迷惑な存在であっても自分の倍も走って来た先達なのだ。その辺りに敬意を忘れてはいけない。
お年寄りは大切にはメトロの長の至言である。
別にメトロの長そのものが年寄りだからではないだろうが……
それ以上突っ込むと怖い事になりそうなので、有楽町は頭を切り替え仕方なし、手紙の山のてっぺんから封を切ってみれば……
「有楽町線と乗り入れをするようになって便利になるかと思ったら余計不便になりました」
「ダイヤが複雑で分かりません」
「うっかり有楽町線直通に乗って池袋まで行ったらいつもより多く運賃を払う羽目になりました」
「なんで池袋に行くのに乗り換えが必要なんですかー!」
云々。
要するに有楽町が池袋線に乗り入れするようになって寄せられたクレームの手紙の山だった。
確かに今まで黙って座っていれば何も考えずに池袋まで着いていた乗客からすれば、考える事が増えて戸惑う事は多いだろう。それは真摯に受け止めるし改善に向けて努力しようと思うが、いくらなんでも誕生日にこんな物を寄越す事はないだろう。
なんて奴だ。
これまで誕生日に何の思い入れもなかった事は棚に上げてそう思う。
それはこれまでも何度も思った事だが、こんな陰険な嫌がらせをする奴だとは思わなかった。
温厚と人から呼ばれるさしもの有楽町も自分が不愉快を感じている事を否めず、うんざりしながらも持って生まれた生真面目さで次の自分への文句の手紙の封を切ると……
ふわり。
乾いた甘い香りが鼻をくすぐった。
—え?
封書が閉じ込めていたのは書かれているであろう内容とはほど遠い、ある意味場違いとも取れる柔らかな優しい香りで、その意外性に有楽町は一瞬虚をつかれた。
騙されたような心持ちで首を傾げながら綺麗に縦に折られた手紙を開けた、が。
覚悟していた辛辣な言葉も期待していなかった感謝の言葉も何もなく、そこにあったのはただの白紙。今時珍しい簡素な縦書きの便せんにはただの一文字の文字もなく縦の罫線が愛想もなく行儀よく並んでいるだけで……
騙されたを通り越して不信な気持ちで封筒を逆さに振った。すると……
ばらばらとオレンジ色の粒のようなものが零れ落ち、その上に最後にひらりと赤が舞い降りた。
なんだこりゃ?
舞い降りた赤を目の高さまでつまみ上げれば、それは単なる落ち葉にすぎず、オレンジ色の粒は……よくよく見ても分からなかった。だが、封書を開けた瞬間から香る匂いの源はどうやらこの粒らしい。ならば芳香剤か何かだろう、覚えのある香りだ。
さっぱり訳が分からない。
白紙の手紙にゴミにすぎない落ち葉を同封したのは嫌がらせとも言えるが、ならばこんな芳香剤を入れる意味はなんなのだろう。
それともこうやって有楽町を悩ませる事が送り主に取って意趣返しになるのだろうか。だとしたらなんと迂遠なことか。
分かるのは自分はその路線と同様訳が分からない乗り入れ先の乗客に余程嫌われたらしい。
そんなのとこでこの先やって行けるのかときりと痛んだ胃をさする。
こんな不愉快な贈り物は捨ててやろうかと思ったが、他社の物でも面白くない内容でも一応自分に対する意見である。そう言った事を粗末にすればメトロの重鎮からあの和やかな笑顔のままどんなえげつない指導を受けるかわからない。
仕方なし有楽町は中身を元に戻すと、他の物と一緒に袋に纏め社に持ち帰った。
数日後……
「お疲れさま、有楽町」
痛む胃を引きずりながら戻って来た本社で有楽町を出迎えたのは常と変わらぬ和やかな笑顔を張り付かせたメトロの重鎮だったが心なし機嫌がいいように思える。
何か良い事があったのだろうか、羨ましい。こっちはこの間の嫌がらせから彼の路線を走るのも気が重く胃痛が増していると言うのに。
どんよりと冬の曇天のような有楽町に構わずメトロの重鎮は春の木漏れ日のような笑顔で
「この間、例の西武さんから熱烈なラブレターを貰ったんだってね」
一番触れて欲しくない話を、ジャストミートで振って来た。
う、そろそろ報告が上がる頃だとは覚悟していたが、覚悟以上の衝撃に胃がきりりと締め上げられる。胃薬が恋しい。
痛む胃を庇いながら力なく誤摩化しの笑みを浮かべ曖昧に答えれば、重鎮はにっこり笑って
「でも安心したよ、上手くやっているみたいで」
まったく有楽町の思考の及びのつかないような事を宣った。
なんじゃとて!
あれだけの苦情の山を見てどうしてそのような事を言えるのか。怒るより何より重鎮の正気を疑って焦ったように詰め寄るが、重鎮は有楽町の心配等一向に取り合わず春風駘蕩とした風情で
「うん、確かに色々手厳しい事も言われてるけど、それって君と上手く遣って行きたいからこうして欲しいって要望でしょ?」
少なくとも、君が走る事を認めてくれてるってことじゃない。
少女の如く小首をかしげて微笑む重鎮に開いた口が塞がらない。いや、口だけではなく目も鼻も耳も脳みそもだ。スが入ったように真っ白になった脳みその中で重鎮の言葉がからからと音を立てて回る。それはとてもじゃないが、脳が受け入れる事が出来るような事ではない。
「で、でも、だ、だって、そ、そんなこと……」
あるわけないではないか、そうだ、あの手紙!あの白紙の嫌がらせの手紙の事だってある。重鎮は有楽町の気持ちを軽くしようとしてそんな優しい事を言ってくれているのだろうが、あの手紙が何よりの証拠だ。
しどろもどろになりながら、一生懸命あの手紙の事を訴えれば、重鎮は一層笑みを深め
「うん、聞いたよその話」
素敵な話だなーって僕感動しちゃった。
「銀座ー!?」
本気で信じられないような返事を返したから、有楽町はその場に昏倒しそうになった。一体自分が話しているのは本当に営団の重鎮なのか、それともこれは夢で自分は心労のあまり立ったまま眠って悪夢でも見ているのだろうか。自分の正気すら疑いそうな青ざめた有楽町に
「だって、その人は君に彼の『秋』を贈ってくれたんでしょ」
それって凄く素敵な贈り物だと思うな。
「……『秋』って……」
重鎮が無邪気に微笑みかける。まるきり理解出来ない。だって『秋』などと抽象的なものをどうやってやり取りすると言うのだ。大体、白紙の便せんのどこにそんな意図が隠されていたと言うのだろうか。あぶり出しか?それにあれと一緒に入っていたのは……
「紅葉の葉っぱと金木犀の花」
一番、綺麗なものを探してくれたんだろうね。
自分がゴミとしか思わなかった物を貴重な宝物か何かの名前のように重鎮は告げる。
「僕達は季節とか自然とかあんまり感じられないじゃない」
都内の有数の繁華街を結び自分とは違い私鉄と乗り入れもない銀座は都内を出るどころか地上に出る事もない。彼が目にする自然の季節の移ろいは精々が街路樹か植え込みの花くらいである。きっと、彼は一生触れる事はないだろう、自分が傍迷惑な接続先達と繋がるようになってから触れるようにになったあのどことなく土臭い乾いた武蔵野の空気も、未だうっそうと茂る雑木林も遠く連山の向こうに消える大きな夕日も……
そう言えば、あの覚えのある香りはあの乾いた空気が急にひんやりと冷たくなった朝、嗅いだ香りで、急に匂いの変わった空気を不思議に思って尋ねた自分に、あの片方だけの金の瞳を少し見張って
—なんだ、営団はそんな事も知らんのか。
いつも通りの口調ながら、姿の見えぬその香りの源を教えてくれた。
それがあんな小さな物とは思わなかった。それくらい、あの香りは印象的で……
「だから、君に感じて欲しかったんじゃない?君の生まれた季節を」
自分の大事な沿線の美しい季節を
「そこを走る君にも少しでも好きになって欲しくて」
はい、と惚けたままの有楽町の胸に一通の封書を突きつけると、銀座は有楽町の脇をすり抜けて行く。銀座が手を離した途端にひらと落ちて行くそれを慌てて拾い上げれば、ふわりと覚えのある甘い香りが鼻孔をくすぐる。これは……
急いで封を開ければ、あの日見たと同じ白紙の便せん、それに丁寧に挟まれて燃える赤と薫花がちんまりと座していた。
あの日、有楽町がごみと思ったもの……
「そんな大事な物提出なんかしちゃだめだよ」
返す、とひらと後ろ手に手を振る営団の重鎮の背を有楽町が呼び止める
「じゃあ、この白紙の手紙は……!?」
俄に信じられぬ事を突きつけられた抵抗に、反発の思いで最後の問いを聞き返せば、東洋初の地下鉄は、足を止めるとくるりと振り返り
「ああ、それね、何か書きたかったけど書けなくて色々悩んでそのまま入れたんだろうね」
情熱的だね!
年下の若者をからかうように人悪げに微笑んだ。
「じょ、情熱的って……」
微妙に違うような気のする表現に困惑する有楽町に更に面白げに
「だって、言葉にできない位君を思ってるんじゃないのその人は」
もしかすると、自分の心もよく分かってないのかもしれないけど、
「それでも、なんか君の誕生日に贈らずにいられなかったんでしょ、それってすっごく情熱的で純情で健気で……」
可愛いと思わない?
「は、はあ……」
にんまりと、弓形に口端を引き上げた営団の重鎮の顔に有楽町は悟った。これは間違いなく……
面白がっている、顔だ。
「銀座……」
はあぁと一際大きなため息と共に肩を落とした若年者を、この国の地下鉄の祖は暖かく笑って見つめる。その瞳には慈しみが籠っていて……
「さあ、僕は早川さんに報告しにいこう、有楽町にこんな可愛い相手ができましたよって」
スキップでもしそうな足取りで地下鉄の父の像に向かおうとする重鎮を有楽町は懸命に引き止める。
「銀座!ちょっとまて相手が誰かも分からないのに!」
「そんなの問題ないない」
「大有りだー!」
細身の身体にも関わらず意外に力の強い重鎮にひきづられる有楽町の頰は真っ赤に染まっていた。
それはあたかも彼に贈られたあの秋の色にも似て……
その翌日、有楽町は高い空を見上げてため息をついていた。
一体、この人ごみはどこから沸いてでたのだろう。
ホームから溢れそうな人の波をさばくのはこの沿線に繋がるようになってから初めて経験で、はっきり言えば、朝の通勤ラッシュでもこれほどの人をこの路線で見た事がない。
一応、事前に聞いていたとはいえ、高をくくっていた自分を小突きたいような気分で、それでも有楽町は乗客を整理する為に声を張り上げた。
今日は、この路線の沿線にある航空自衛隊の基地で年に一度の航空祭が行われる日で、その日は普段立ち入る事が出来ない基地が解放される。
元々は、地域の住民に活動を理解してもらい交流する為の物であったが、様々な展示や珍しい出店、それに何より、間近で実物の戦闘機が見られるとあって、沿線のみならず最近では遠方よりツアーを組んでやってくる観光客まで増え、この路線の大事な収益となる一大イベントとなっている。
その目玉が、ブルーインパルスと呼ばれる航空自衛隊の曲技飛行隊のアクロバット飛行で、その演目の開始までに基地に着こうと乗客達は押すな押すなで臨時改札から我先にと溢れて行く。
どうか怪我なぞしてくれるなよ、と有楽町はめっきり涼しくなったこの季節に似つかわしくない額の汗を拭いながら願う。
ここに手伝いに来たのは、傍迷惑な乗り入れ先に無理矢理に連れてこられた訳ではない。
有楽町が、自分から手伝うと言ったのだ。
言われた相手は訝しげにたった一つの目をすがめ、どういう風の吹き回しだと居丈高に尋ねたが、有楽町は弱々しい笑みで誤摩化した。
実際、自分でもよく分からない。ただ、何となくこの沿線の事をもうちょっと知っても良いかと思っただけだ。
それは、あの謎の贈り物をした相手が誰か分からないからかもしれない。その相手が誰か知ろうとは思わなかったが、その代わりにこの沿線を知りたいと思ったのだ。
その相手がいつも見ているであろう、その風景を……
有楽町のそんな気持ちを分かる訳もないであろうが、いつも電波な乗り入れ先はふん、とつまらなそうに鼻を鳴らして、
—ならば、とっておきの場所にいくがいい。
そして、お客様と会長の為に全身全霊を持って働くがいい!
そう言って、有楽町を最前線……つまり、最寄り駅に作られた臨時乗り場に放り込んだのだ。
(今日が晴れて良かったなぁ……)
数時間前の自分に後悔しながら遠い眼差しで青い空を見上げる。嫌みな程にピーカンに晴れ渡った空には雲一つなく、雨の降る気配は微塵もない。
地下が長いだけに有楽町は雨が苦手だ。そしてこの場所には雨を凌ぐ場所もなく、もし降ったならば雨ざらしで応対しなくてはならなかったろう。それだけが救いだと自分に慰めるように言い聞かせる。もっとも雨ならばこの祭りそのものが中止であったのだが……そんな事に気づける余裕は今の有楽町にはない。
その空を、有楽町が初めて聞くような轟音と共に白い一筋の雲が走った。
(あ……!)
空を真っ二つに裂くそれに、途端、周りから歓声が沸く。
どうやら、演目に先駆けてのテスト飛行らしい。
雷とも違う腹の底まで揺るがせるような振動に、有楽町は呆気にとられた。
こんなに間近に飛行機が飛ぶところを見たのは初めてだ。
ぽかんと空を見上げたままの有楽町の横を一層足を速める者、諦めてゆっくり行こうとする者が通り過ぎて行く。
やがて……
「おい、営団!」
聞き覚えのありすぎる声が、自分を呼ぶのに漸く有楽町は我を取り戻して視線を貼付けていた空から戻す、そこには
「手伝わせてくれというから手伝わせてやったのに、アホ面下げてぼけっと空を眺めているとはいい根性だな」
空と同じ青いコートを着た乗り入れ先が、仁王立ちで自分を睨みつけている。
「あ……ご、ごめん……」
相手の言い様を普段ならば不愉快に感じるところだが、今回は自分に間違いなく非がある。相手のいい分は最もだ。手伝うと言っておきながら足を引っ張っては本末転倒だ。何を言われても仕方がない。
殊勝に謝る若い地下鉄に、更にかさにかかって責め立てるかと思った乗り入れ先は、小さく息を吐き
「……戦闘機を側で見たのは初めてか?」
その垂れた頭の後ろにそう言った。
「え?」
それは、有楽町が初めて聞く口調であった。上からである事は間違いないがそれでもこれまでの物より幾分柔らかい。驚いて顔を上げると、苦虫をつぶしたような乗り入れ先の顔があった。有楽町と目が合うと、一層顔をしかめて
「初めてかと聞いている!」
今の柔らかさが幻のように頭ごなしに尋ねて来たので、慌てて有楽町はこくこくと頷いた。
すると……
「そうか……なら、しかたがないな」
ふう、と珍しくも分かりやすく嘆息し、その拍子に面にかかった前髪を掻き揚げ空を見上げた。年長者が若者に対して感じるある意味の諦観の表れであった様子であったのかもしれないが……
微かに、いつも隠されている左の眼が見えた。
(え……)
怒鳴られた事も呆れられた事も忘れて有楽町が今見た物を確かめようと作り物めいた相手の横顔を追うと、その視線にくるりと相手が振り向いた。
「おい」
「わっ」
眼前に突き出された顔はもう確かめようとした左の眼はいつも通り隠されていたが、それでも、何となく悪戯を見つかった子供のような気持ちで心臓が一つ大きく鳴った。
だが、そんな有楽町に取り合わず、
「ここから出て真っすぐいけば滑走路だ」
ここはもういいから行ってこい。
「へ?」
改札の向こうを指し示す相手が言った意味が有楽町には分からなかった。思わず間抜けな声を出した年若の乗り入れ先に
「演目の間中ここでずっとぼけっと空を見上げられていても邪魔だ!」
さっさと行ってこい!
最後はまるきり脅すように怒鳴る相手の言葉が、じわじわと有楽町の脳に染み込んで行く。
まさか、そんな……
「だ、だけど、西武池袋、俺……」
手伝うと言ったのは自分なのだ。そしてこの相手はそんな中途半端を一番許さぬ筈なのだ。なのに、それを許すと言う。自分の知っている知っていたと思っていた相手の思いも寄らぬ言葉に素直に有楽町は従うべきか迷う。だが、
「いいか、勘違いするなよ営団の若造!私はな物知らずの若造に情けをかけてやっている訳じゃない。手伝わせるにしても、この祭りについて少しでも認識を持った者の方がこき使いやすいからだ!さっさと行って、我が路線の誇るイベントを篤と味わうがいい!」
そして、会長を崇め奉るがいい!
傲岸に言い捨てふんぞり返った相手はいつもの自分の知る傍迷惑な乗り入れ先そのままだ。
狐につままれたような気分で高笑いする相手を見返す。
本当に、この言葉に従い、行ってもいいのだろうか?
うっかり、相手の言葉に乗ってこの場を離れては、また厄介な無理難題を持ちかけられたりしないだろうか。
疑心暗鬼に陥り動けない有楽町の頭上を轟音が通り過ぎた。
はっと見上げれば追いかける視線を誘うように白い一筋の雲が伸びて行く。
足がじりと一歩を踏み出す。
自分でも無意識のそれに有楽町は慌てて有楽町は乗り入れ先を振り向くと……相手は有楽町と違う方を向いていた。ある意味そっぽを向いているともとれるそれは、あたかも有楽町を見逃すような促すような態度で……
「……終わったら、すぐに帰ってきて手伝うから!」
今度はちゃんとするからと相手にも自分にも約するように告げると、有楽町は青いコートの横をすり抜けて駆け出した。
青いコートを縁取る白が翻る。
あたかも青い空とそれを走る白い飛行機雲のような残像と、瞬間ふわりと辺りに翻った覚えある香りに有楽町は振り返る。
(え……!?)
だが、相手は最早人ごみにまぎれ、あの特徴的な青と白の姿も見えなかった。
(……まさか、ね……)
翻る青がくゆらせたのはあの謎の手紙に入れられていたのと同じ香り。だけどあれは、この沿線ならばどこにでもある木だと相手は言っていた。
たまたまだったのだろう、と有楽町は気を取り直す。
そんな有楽町を急かすようにまた一機が大空で弧を描く。急がなければ折角の相手の気遣いを無にしてしまう。
だから、駆け出した有楽町が知る事はない。
その花は確かにどこにでもあるが、花の季節は短く、この時期には既にもう散っている事を。その花が相手の宿舎の庭先に辛うじて残っている事を。
そして、そっぽを向いて有楽町を送り出した相手の耳端が寒さにではなく赤く染まっていた事を。
それは、あたかもあの手紙に挟まれていた紅のように。
相手が自分の路線で拾った秋と同じ色で燃えるように染まっていた。
何も知らない有楽町は知らぬまま、秋の中を駆けていった。
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