末期日記新装版
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お久しぶりの更新はーなぜか意外な取り合わせでも前に一度やってるよ
さて何でしょう?
答えはしたからどうぞ
さて何でしょう?
答えはしたからどうぞ
「よ!営団のガキンチョ」
とその日、個性的なという控え目表現ではとても足りないような接続先が首都と称する古びた駅のホームで自分を呼ぶ明るい声に、
『僕は営団でもないですしガキンチョでもないですよ。そんな事も覚えられないなんて、西武さん達は皆さんお年よりですねー』と彼がお決まりの台詞を返そうと振り返った途端
「…どうしたんですか」
そんな事全てすっとばして口をついた台詞を相手は気に止める事もなく
「あ?何が?」
平然と返した相手のその顎先からたらと流れ落ちた赤い物がホームの床に染みを作った。
そこで相手は初めて慌てて
「お、やべぇ」
靴先でこすって染みを消そうとするが、するとその動きにつれ揺れた相手の長い前髪を伝った赤が、幾つもの染みを作る。
「あ、あ、あー」
「何やってんですか」
余計に増えた染みに、肩を落とす相手に呆れながら、相手の姿を見直せば、彼らの象徴とも言うべき金に染めた髪が朱に染まり、青い制服も所々赤に変わっている。
「…西武新宿さんのところで人身事故があったなんて連絡、こっちに来てませんけど?」
全身が朱に染まるその姿は普通の人間ならば衝撃を受けるものだろう。しかし、自分達は割りと見慣れている。自分は殆ど経験はないが、接続相手達のそんな姿は一月に数度は見ている物だからだ。いわば、日常茶飯事。今のようになんの心構えもなしに見たので驚きもしたが、普段ならばそれほど驚くものでもない。
気を取り直し、とにかく、着替えた方が良いですよと親切ごかして言った後は関係ないと駅員を呼びその場の始末を任せて去ろうとしたが、
「あ、ちげーよ、これ人のじゃなくて俺の血」
からからと笑いながら平気な顔で聞き捨てならない言葉が聞こえたから、足を止めてまじまじと相手を見直した。
確かに、普段の返り血とちがいだらだらと流れる赤は何時までたっても止まる気配もなく、彼の両目を隠した髪の少し上辺りから滲みだしている。
あわててホームの先、人目につかない階段の陰に小柄な彼の身を引きずり込むとかの真面目な先輩の薫陶宜しく不真面目そうな外見に反し綺麗にアイロンかけしてある白いハンカチをポケットから取り出すと己より遥かに長い歳月を生きていながら己よりずっと低い位置にある相手のその赤の滲む額を抑えた。すると、瞬く間にその白に赤がしみ込み、押さえていた己の手にもねっとりした温い感触が染みて来た。
気持ち悪い。
意識するより先に身体は動き押さえていた手が跳ね上がればハンカチがずり落ちる。しまったと思うより相手の手が上がりそれを押さえた。
ここは、責められる、或はからかわれるところであろう、血に臆したなど。しかし、相手は気がついていないのだろうか、彼を見上げると
「わりーな」
ニッと笑って見せた。彼はいたたまれずその引き上げられた口元から視線をそらして
「…いえ」
そう答えるのが精一杯で、ちらと外した掌を見ればやはり少し赤が付いていた。
背筋を駆け上がる物がある。
拭おうと思うがその為の物は彼の額の上で最早使い物にならぬ位に赤く染まっている。代わりにポケットティッシュなど無かっただろうかと綺麗な方の手でポケットを探ろうとすると
「ほれ」
目の前に薄いブルーのハンカチが差し出された。
隅にLionsの刺繍が入っている。
「…持ってらしたんなら最初からご自分のをお使いになれば良かったじゃないですか」
差し出されたそれを素直に受け取り恨みを込めて遠慮なく己の手に付いた赤を拭う。すると相手の大事な名前の縫い取りも朱に汚れた。小さな報復に満足すると、己の気持ちの暗いところがすっとした。そんな気も知らず相手はからと笑って
「はは、大した事ねーと思ってたんだよ」
こちらの不満を跳ね返した。
こんな滴る程赤が流れる程の怪我でどうしてそんな事が言えるのか
「痛く無いんですか?」
少し目を見張り、問いかければ
「そりゃ普通にいてーよ。けどな…」
走行中に投げられた石で窓が割られ、女性のお客様を含む2、3人の乗客が飛んだガラスで軽い怪我をしたという
「次のシントコでその車両止めてさー、病院連れてって、お客様も次の列車に移ってもらったんだけど」
お客様が怪我された方に腹が立った。
だから、自分の怪我など気づかなかったのだという。
そんな馬鹿な。
「だけど痛いんでしょう?」
繰り返せば
「だから、イテーはイテーって言ってんだろ?だけどさ」
俺たちには自分の事よりも優先すべき事があるだろが。
きっぱりと言い切られ、返す言葉を失った。
確かにその通りだ。意外な事に彼らはその特異な思考回路や言動からは想像出来ない程自分達に課せられた鉄道業務という物に忠実…というよりも盲目だ。彼らにしてみればそれは当然の事で異常でもなんでもないのだろう。そして、それは業務に付く以前のあのぽつんと寂しい研修時代にも業務に付いてからも己が唯一無二と思うあの先輩から口を酸っぱくするように言われた事でもある。その時は素直に、或は茶化しながら聞いていたが、十回に一回くらい本音を交えてこう言った物だ
「…だけど、僕には自分より優先すべき事があったとしても貴方よりも優先すべき事はありませんよ」
気付かぬうちに声に出ていたその言葉に、相手はきょとんとこちらを見つめ、自分はもっと瞠目した。
なんて事を。完全なる失言だ。
その言葉は、この相手にむけて言うべき言葉ではないし、もし本当に言うべき相手に向かってでも剥き出しの本音で言ってはいけない言葉だ。いや、言っても良いのかもしれない。ただ、悲しそうに首を振るわれるだろう。その時、自分がどうするか分からない。ひょうひょうと流れるように物事を真剣に取り合わない風を装っているのはまさにこの為で、真剣に相手に向き合えばあの真面目で誠実が服を着ているような相手はやはり、真剣に自分に向き合い、そしてその誠実さ故に自分を拒絶するだろう。彼にはもう、その誠実さを全て与えると決めた相手がいる。それを裏切らぬ為に、そして、期待を持たせるという必要以上の苦しみを己に与えぬ為に。あの人は間違いなく優しい人だから……
そんな優しさで相手から引きはがされぬ為に作り上げたのが今の自分。その仮面を崩されれる些細な隙はどんな相手にも見せてはいけないものであったのに……知らぬうちにこの己よりも小さいくせに己よりも遥かに年振る接続相手に情がわいていたとでも言うのか?馬鹿な、あり得ない。己にとって何よりも大事なのは運命共同体とでも言うべきただ一人だけだ。他の相手など、彼に会えない時の暇つぶしくらいでしかない。そうだ、その筈だ、だから…
「……おい……おい!」
はっとした。声のした方を見れば、隠した両目を上向けてこちらを見つめる相手の見えない視線を感じた。
「お前なー怪我してるこっちより、元気なお前の方がぼーとしてるんじゃねーよ」それとも、血ぃみて具合でも悪くなったか?
「…そんなんじゃありませんよ」馬鹿言わないでくれますか?
己の考えに埋没して目の前の相手の事を失念した失態をつつかれて辛うじてそんな減らず口で返す。その舌鋒にもいつもの切れはない。どうしたというのだろう。まさか、相手の言う通り相手の流す赤に動揺したとでも言うのだろうか。
「そっか?ま、お前俺だから良いけどな、あんなの他の奴には言うなよ?特に女にはな」
お前顔だけは良いから誤解されそうだ。
子供のような容姿のくせに随分えげつない事をはっきり言う。
「そんなのお前の先輩の若造にバレたら、泡吹いて怒るだろうよ」
その様子を想像したのかけらけらと仰け反って笑うと乗せていたハンカチがずり落ちかけてまた、
「おっとっと」
慌てて掬いあげて、傷口に戻す。
何をやっているんだか。容姿と言動のアンバランスさに誤摩化されそうになった相手の言葉の意味の切れ端を捕まえた。せめて一矢は報いたくていつもの生意気な仮面を被り直し
「…貴方は誤解してくれないんですか?」
精一杯背伸びしてそう問えば
「誤解して良いのか?」
こう言う時、相手の目が見えないのは明らかにこちらが不利だ。ニッと笑った口元だけで全てを判断しなくてはならない。そしてその笑みは相手の十八番なのだ。表情を読む為の情報量が圧倒的に少なすぎる。
楽しそうに引き上げられた相手の口端を見て、そこにも血がにじんでいるのに気が付いた。
ふと、ある衝動が沸き起こる
……舐めたい。
その衝動を押さえるように宥めるように、代わりに己のそこを舌先で舐め上げて
「…そうですね、貴方になら誤解されても構いませんよ」
むしろ、されたいです。
見えない視線を見下ろして告げれば
「つまり、やっぱ本気じゃないって事じゃねーかー」
バッカじゃね?誤解も何もそんな最初っから分かってるガキの戯言
「真に受けるかよ」
けたけたと腹を抱えて笑い
「ま、こんなのほんとに大した怪我じゃないからさー爆弾落っことされる事に比べればさー」
ふざけた口調で全て否定されたから
「爆弾なんて、あなたのお好きなアニメや漫画じゃあるまいし」そんなの例えに持ち出す貴方の方がよっぽど子供じゃないですか。
負けじと言い返してやれば……
すっと辺りの空気が変わった。
一瞬、目の前の相手から全ての表情が消え失せた。
「え?」
じっと佇みこちらを見つめるその姿は己を…いや、周り全てを跳ね返す時を止めた石かなにかの彫像のようだ。
その変化に戸惑い見つめ返すと……
ニィ
相手の笑みが深くなった。ゆがめられた唇が更に引き上がる。それは、いつもの彼の笑みの筈、だがそうじゃない。同じようで違う。
長い前髪に隠された両目からは何も伺えず、見えるのは只……
歪んだ朱に汚れた唇だけ。
邪悪な…まるで…
―悪魔、みたいな…
それこそ、相手の言う漫画やアニメに毒されたような考えだ。その馬鹿ばかしい考えを首を振って振り落とそうとして…
「……アニメじゃない、ねぇ……」
思わぬ程近くにいた相手にぎょっとした。
いつの間に近付いたのかその歪んだ笑みで下から覗き込む相手は…
「そうだよ、アニメでも漫画の話でもねーんだ」
げんじつのはなしなんだよ…
「お前、良ーく分かってるじゃないか」
くくくと喉奥を振るわせて笑う彼の笑みの奥の意味はその言葉とは絶対に違う。
言葉と表情と……それに裏腹な何かに気圧されるように一歩後ずされば、相手は二歩踏み出して、一層己に近づいて
「だからさーこの血も、現実の、俺の血なんだぜ?」
お前、初めてだろう?知った相手が血流してんの見んの…
否定したいと思った。だが、相手はそれを許さず
「触ってみたくね?」
どこかに追い落とすように、誘いの言葉をかけて来た。
ー舐めてみたくないか?知った奴の血の味。どんな味がすんのか……
「お前の大事な先輩の血も……」
おんなじ味がするかもだからさぁ…
そうして見せつけるようにねっとりとその口端に滲む赤を舐め上げると、濡らされた唇がてろと光り、素早くその奥に仕舞われた小さな赤い舌がチロと誘うように蠢いた。
「あ…」
相手の言葉は全て図星だ。知ら無い相手の血ならば何度も見た。そんなのは慣れっこだ。だが、見知った相手の流す赤、その赤の滲む唇を見たのは……初めてだ。
見透かされている。どんな味がするのか……ソレに興味を抱いたのも…その赤を見て誰の赤を想像したのかも……
一歩いや、半歩踏み出すだけで、この欲とも呼べない好奇心は満たされる。
こちらの躊躇いをみすかしたように、後半歩を踏み出させる為に、相手は…
―なぁ…副都心
うっとりと微笑んで、甘い…相手特有の少し舌ったらずな声で、普段呼んだ事などない己の名前を呼んだ。
半分が長い前髪で隠された小さなその顔の中で、己の名を紡いだ赤い唇だけが圧倒的な存在感を示す。
子供のように小さな唇……
それが、大人の紅を引かれたかのような朱に染まった様は退廃的で、イケナイ事をしているという無意識の背徳感に引き寄せられる。
それはまさに悪魔的な手管で…己は…
「何をしている!」
はっと聞きなれたムチのように厳しくしなやかな声に我に返る。
ぎくと振り向けば、思った通り己と彼が乗り入れるこの会社のメイン路線が仁王立ちになってこちらを睨んでいた。その特徴的な髪型から覗かせた片方だけの瞳が炯々と光っている。
その強い視線と相手の声に背筋がしゃんと伸びた己になんて事だろうと呆れた。どうやら彼だけでなく己もこの相手にいつの間にかしつけられていたというらしい。しかし、今は助かった。
「池袋さん…」知らぬ安堵の思いが滲む声で相手の名を呼べば
「お、池袋!」
そうだよ、俺、池袋の事探してお前に声かけたんだった。
今の今まであれほど悪魔的な蠱惑でこちらを惑わしていた相手が、そんな雰囲気など嘘のような明るい声で自分の仲間の名を呼んだ。
何なんだ一体。
その余りの落差に拍子抜けして力が抜けた。
そんな己に目もくれず、かの相手はツカツカと足音も高く目の前の相手に近づいて、
「西武新宿!駅員がお前が治療もせずにふらふらしているというから来てみれば…」何を遊んでいる!
ぎゃんぎゃんと畳みかけるように吠え立てた。
いつもしゃあしゃあとして取り合わない相手もその五月蝿さに口許を引きつらせて両耳を塞ぎ
「だから、お前の事探してたんじゃねーか」と吠え返した。
しかし、かの電波帝国の中で最もイッテいる相手はそんな訴えなど取り合わず
「来い!さっさと治療して夕方のラッシュに備えるぞ!」
頭一つ低い相手の耳を引っ張って引きずって行こうとすれば、
「イテテ!おい、池袋!お前耳引っ張んな!」
血ぃ出る血ぃ!
さしもの相手も痛みに悲鳴を上げる。助けを求めちらとこちらを見た視線に髪に隠れて見えない両目が涙目で訴えているように思えてつい助け舟を出してしまった。
「池袋さん、引っ張っちゃ駄目ですよ」
新宿さん額を切ってるんですから
「何!?」
己の言葉が辛うじて届いたのか、痛がる相手の耳から手を離したかの電波は仲間同士の遠慮のなさで勢い良く低い位置にある前髪を一気に掻き揚げ相手の傷を矯めつ眇めつ見聞する。
しめたと思った。いきなり与えられた隠された相手の両の目を見る絶好の機会に、そっと相手の顔を覗き込もうとすると
「…なるほど、確かに額が切れてるな」
だが大した事も無さそうだ。
「だろう?」
彼が納得したように髪をかきあげた手を下げた。自然前髪も下がる。
「あーあ」
ベストショットを見逃した。思わず零れたため息に始めてかの電波は己の存在に気付いたように
「?なんだ副都心」
さっさとお前の業務に戻らんか
己に視線を向けて告げられた。あまりと言えばあまりの台詞に自然、肩をすくめるが、彼と違いこの位では己はへこたれはしない。この程度でへこたれていてはこの電波帝国と乗り入れなどやっていられないし一々へこたれて胃痛を増やす彼の面倒も見切れない。しかし、負けっぱなしも癪に障るので
「ご自分のお仲間の面倒を見てあげた僕にお礼こそいえ、その台詞は無いんじゃないんですか?」
西武の方達は随分と恩知らずなんですねー
常の飄々とした己を取り戻し言い返せば、存外素直な相手はふむと一瞬考え込み
「…確かに一理ある」
そう言って腕を組み直すと
「西武新宿が面倒をかけたな」
仁王立ちのまま、しかも上から目線でそう言った。
「……それでお礼を言ってるつもりの西武池袋さんの神経が凄いですよ」
いつもの事だが、彼らの精神構造は一般人の己達からはほど遠い。
「なんだ!貴様がわざわざ礼を言えというから言ってやったのにその態度は!」
これだから会長の素晴らしさも分からぬ営団のガキは話にならん!
「それってなんの関係あるんですか?」
「何だと!およそこの世の事柄で会長に関係無い事など無い!」
突然彼らの会長を持ち出すのも彼らの会話の常だからそこを突いてはいけないと分かっているのだが、つい、からかいたくなってしまうのは普段偉そうでクールな電波なこの相手がムキになると結構可愛いからだ。そう言う意味で己はこの迷惑な乗り入れ先を存外…いや大分興味深く思っている。
しかし案の定、
「そうだ会長は素晴らしい!」
西武万歳!万歳!
仲間の怪我も忘れて会長賛美を初めてしまった相手にしまったかと思ったが
「会長万歳!西武万歳!」
…怪我人も一緒になってやっているのでまあ良いかと思い直す。
………全然良くない。
額から血を流しながら万歳三唱する姿ははっきり言ってホラーだし、周りの乗客は引いている。が、それよりなにより…
「池袋さん、新宿さんの治療するんじゃないんですか?」
己がそんな血まみれの相手の姿を見続けたくはない。大した事はないと相手も傷口を見た電波も言っているのだから実際そうなのかもしれないが、己はそれでも何か嫌なのだ。
あの色は、色々と己を揺さぶる。
正直早く消して欲しい。
「早くしないと夕方のラッシュがもう始まりますよ」
髪の毛だってそれ洗わなきゃでしょ?
己の内側を親切ごかしで隠して忠告してやれば
「む、そうだった」
まさに電波の周波数が切り替わるように
「来い!まずはその血を落とすぞ」
相手の首根っこを掴んでずるずると引きずり出した。耳を引くのを止めたのは先程の己の忠告が少しでも脳裏に残っていたからだろうか。だとしたら奇跡とも言うべき事だがしかし……
「でで、く、首が絞まるー」
池袋、てめー殺す気か!
…どちらにしても怪我人には優しい行動ではない。
もう一度助け舟を出すべきかとも思ったが、また話が逸れても悪い。ここは黙ってさっさと運ばせるべきだろうと
「お達者でー」
ひらひらと握りしめていたハンカチを振って……
それが、自分の物でない事を思い出した。
所々朱の付いた薄いブルーのそれ。相手の大事な名前が汚されたそれ……
「新宿さんこれ!」
黙って見送るつもりだったのに思わず声を上げて呼び止めるが、自分の意志では足を止められぬ相手は止まる事なくしかし、己の言いたい事を汲み取って
「洗って返せ!」
叫び返した。そしてアレだけの騒ぎでもそこから離さなかった己の白かった筈のハンカチを示すと
「これ……」
「返さなくて良いですよ」
どのみちどんな風にしてもあの赤は完全には落ちはすまい。その落ちない赤の残骸を見る度にあのざわめきを思い出したくはない。だからそう返せば、相手はあのきょとんとした表情を浮かべると次にまた……
ニィ
と笑って
「いいや、買って返してやる」
西武はなー
そう、お決まりの台詞が続く前に
「施しは受けないんでしたよね」
でしたらそれより良いのをお願いしますね。
言葉尻を奪って倍にして返してやった。
生意気と、馬鹿言うなと言われると思っただが、その返事は……
「はは!分かった分かった!」
世話かけたからな、せいぜい良いのを返してやるよ、だけどその前に…
「これ、あんがとな!」
けらと明るい笑いと……まがう事無き礼の言葉だった。
呆気にとられ、強引に引きずられて人ごみに消えて行くその姿を茫と見送る
……
子供のように道化じみて戯れる笑みと……
悪魔のようにこちらを揺さぶり誘う蠱惑の笑み……
そして、かけられた恩に素直に礼を言った明るい笑み……
それはどれも同じ笑みなのに。全て違う。
一体どれが正しい相手の姿なのだろう。
どれもが正しくどれもが嘘のような掴みどころの無い相手…
最初から最後までまるで現実のような気がしない。
まさに、作り物のお話の、漫画のようなアニメのような出来事で……
「こう言うのを昔の人の言った『化かされた』気分とでもいうんですかねー」
後で銀座さんにでも聞いてみよう。
なにげにメトロの重鎮に対し失礼な事を思いながら手の内の薄いブルーのそれをそっとポケットに仕舞うと…うんと一つ伸びをして、気を取り直して己の仕事に戻って行った。
一方……
「……アニメじゃないねー」
「?なんだ?次のアニッコの特集はそれか?」
乗務員室の奥、彼らだけの狭い控え室で仲間故の気安さで他には隠すその顔を晒し、大人しく傷の手当を受けていた新宿の呟きにとんちんかんな方向を尋ねてきた仲間に笑ってその問いを否定すると
「いや、アイツにさ、こんな傷爆弾が落ちた訳でもないから大した事無いって言ったらそう答えやがったんだよ」
「……アニメじゃない、か……」
「そ、アイツに…今どきの連中にとっちゃ爆弾なんて、アニメや漫画の中の話でしかないんだよ」
俺たちにとっちゃホントの話なのになー
くくくと人の悪い笑みを浮かべ喉奥で笑う新宿に、池袋は薄く苦く笑って
「仕方あるまい、奴らの生まれる遥かに前の出来事なのだから…」
知らぬ物を責めてもどうにもなるまいよ。
重く苦いものを込めてそう言った
そう、彼らにとってはそれこそが現実。実際彼らが体験した過去である。漫画やアニメ……架空の物語の中の物ではない。
そう分かっていても、時に感じる埋められない溝は苛立たしく、必要以上に相手を叩き伏せてやりたくなる。
彼らは皆知っている。今あの小生意気な出来たばかりの地下鉄の青年が走る場所…副都心と呼ばれ繁栄の一途をたどる今のこの国の中心がかつて焦土であった姿を…いや、焦土と化した姿を…
この身に味わいよっく知っているのだ。
その新宿の苛立を感じたのか池袋が
「子供をあまり、苛めてやるな」
宥めるように、そう言った。
普段のエキサイトで電波な彼しか知らぬ物には意外やも知れないが池袋にはそういう他者の…子供の無知に寛容な常識的な部分があって、だから、それはそれだけの事であったのだが、その言葉を聞いた新宿は一瞬、きょとんと全ての表情を止めた後……
ニィ
……あの、笑みを浮かべた。
そうして、晒した両の目で池袋の片方の目を下から覗き込むように捉えて
「…へぇ、池袋は随分あの営団のガキに甘いんだぁ」
ナニナニ?情がわいたか?
「……そう言う訳では…」
久方ぶりに晒された相手の瞳の底に光る何かに押され池袋が逸らそうとした片目を新宿は逃がさず追いかけると
「それってさーあの営団の若造にほだされたからか?」
追い落とすようにそう言った。
「な……」
あからさまな侮蔑の籠った揶揄に瞬間、冷水をかけられたように全ての言動と思考が止まった。
「新宿…私は……」
光る目が、そして歪んだ唇が紡ぐ言葉がその続きを許さない。
「駄目だぜー池袋、お前があの若造を落としたのは、西武の為だろう?」
アイツを西武に取り込む為だろう?
「それが、お前の方が取り込まれてどうするよ」
普段隠された両の目の光が、池袋を責める。
池袋が、己の乗り入れ先の地下鉄の青年に惹かれその手を取ったのはそんな打算や野心からではない。ならばどうしてかと聞かれては返事のしようのない何かが、その背を押したのだ。それはきっと神様に対する裏切りだと常に怯えた池袋を、だが、仲間達は特に責めるような事は言わずゆるい許容を許されて来た。それが、たった一つ神様に対しての許しに思え、池袋は温い幸せに漸く浸る事を覚え始めた。だのに、今になって…
「私は、そんなつもりでは……」
それでも、苦悩の末あの手を取った事をそんな風に言われたくはなく、言い募ろうとした池袋の言葉を
「そういう事にしておけよ」
一言で、新宿は切り捨てた。
「俺たちと奴らじゃ違いすぎる」
通じ合えないんだよ、池袋
見て来た物が違う感じて来た物が違う。それは属する世界が違うという事だけでなく……
生きて来た時代が違う。
彼らには、自分達の纏う『青』の意味も分からぬだろう……
それはあの焦土と化した街にそれでも残っていたたった一つの希望
突き抜けるような青空の色……
どんな時にもあの青い空は広がっている……
それを目指して、それを目指す人を乗せて、自分達は走り続けたのだ。
かの、神様と共に……
それも分からぬ輩に、
「情を傾けすぎて傷つくのは結局お前だ」
奴らは結局只の乗り入れ先の他社。自分達『西武』ではないのだ。
だから、打算という言い訳をして…
「余り、深入りするな」
真っすぐそう言い切った仲間の言葉に…普段隠した瞳の奥に共に隠されていた思いに…池袋は打ちのめされ、己の内の全ての言葉を飲み込んだ。
暫く無言で手当を続け、最後の包帯を巻き終えてぱちんと包帯止めで止め終えた時、池袋はぽつと
「新宿、私は…」
この時代を憎んでいると思ってた。
池袋があの相手に惹かれたのも、池袋が大切に思う神様の残した物がどんどん消えて行くのも、乗客が利便性を……人々がより一層の豊かさを求める欲に流されて……時代の流れに影響されての事のように思われて池袋はそんな自分の存在の頼りなさと……己を揺らす人々を憎んでいると思っていた。
だが……
「お前の方が、より強く、この時代を憎んで…いや…」
否定しているんだな。
そう呟いた。
新宿はその疲れたような嘆きのような呟きを聞いて……
ニィと笑うと前髪を下ろして……傷口とその両の瞳を隠したのであった。
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